50年の時を超え、スカイライン命名の聖地をゆく
「おじさん、あれは何ていう山」
「あれが、今年、三人遭難したスカイラインだよ」
「きれいだねぇ」
おれが造っている今の車も、あんなにきれいな車になったらいいなあ、と私は感動しながらしみじみ思った。
以上は、櫻井眞一郎自筆の『スカイラインとともに』の中の一節である。
名車には物語がある
誕生の秘話、開発時の伝説、そしてモータースポーツにおける神話など、いずれも人間にまつわる物語がある。人は、その物語に強く共感し、だからその車を永く愛すのである。
スカイラインほど、物語の多い車はない。第二回日本グランプリにおける神話、栄光の50勝伝説、そしてケンメリスカイラインのCMにまつわる逸話など、数え上げたらきりがない。
そして、スカイラインという車名の由来にも逸話がある
幼いころ、父が箱スカのハートップに乗っていた。
「設計者の櫻井眞一郎という人が、信州の山並みをみてスカイラインという名前をつけたんだ」と得意げに語っていた姿を今でも想い出す。
車名由来の逸話には諸説がある。曰く、伊豆スカイラインだ、いや富士山だ。あるいは乗鞍岳などなど。あれから四十年、取材で何度か櫻井氏のもとを訪れたある日、車名の由来となった山並みはどこかをたずねてみた。
「志賀高原の芳ヶ平というところだよ」と、櫻井氏は語りはじめた。
「昭和三十年の三月に志賀高原にスキーに行ったんだ。横手山から草津に下りる途中だったな。途中、「だまし平」というところがあって、その先に芳ヶ平があった。小さな山小屋があってね。そこで飲んだブドウ汁が美味かった。それで、振り返ったときの山並みが、黒に近い青空に銀色の尾根が輝いていて、とてつもなく綺麗だった。山小屋の親父が、あれをスカイラインというんだと教えてくれたんだ」と五十年前の記憶をたどってくれた。
そして、これが冒頭の一節に続くのである。
地図で調べてみると「芳ヶ平」という地名は確かに存在する。志賀高原の横手山から草津へ抜ける、夏はトレッキングコース、冬はスキーのツアーコースの中継地点になっていて、現在も「芳ヶ平ヒュッテ」という山小屋がある。そして、今なお、車では行けない場所なのだ。
七月六日、梅雨の合間を縫って、GT-Rマガジンスタッフとともに、スカイライン命名の山並みを特定する取材に向かった。
早朝、渋峠に車を止め、徒歩で芳ヶ平に向かう。前日に、泊まった熊の湯の宿で買った熊よけの鈴をつけ、足場の悪いガレ場の登山道をひたすら歩くのだ。途中、何箇所か木道となっているところがありホット一息つけるが、道の大半は岩の上を渡り渉るように歩かねばならない。そして、一時間半くらい歩いたあたりだろうか、生々しい熊の足跡に遭遇。聖地への道のりは厳しいことを実感した。さらにしばらく歩き続けると、突然視界が広がり、眼下に芳ヶ平の緩やかな景色が広がっていた。はやる気持ちを抑えながら、最後の急な下り坂をくだれば広々とした風景の芳ヶ平である。
芳ヶ平、正確には群馬県吾妻郡草津町に属する
この辺り一体は、芳ヶ平湿原と呼ばれ、貴重な高山植物や昆虫の宝庫なのである。
そして、この広い草原に立ち、渋峠の方向を振り返ってみれば、白根山から渋峠にかけての素晴らしい稜線が続いている。これこそ、五十年前に櫻井氏が感動した山並みではないだろうか。そう確信した我々は、早速芳ヶ平ヒュッテのご主人新堀さんにお話をうかがった。
この山小屋は、昭和二十六年からあり、新堀さんは三代目にあたるそうである。櫻井氏と話しをしたであろう山小屋の親父さんは、初代の佐藤才吉翁ではないかということだ。既に他界され、今は山小屋の脇に慕標がたっている。続いてブドウ汁についてだが、かつてこの辺りの名物だったらしい。要は天然ブルーベリーのジュースだとのことだ。右の写真はその花だ。日本名は黒豆の木というようだ。十五年前から実の採取が禁止された。理由は、この木に生息する天然記念物のミヤマモンキチョウの幼虫を保護するためだそうだ。しかし、いまだにブドウ汁を求めて、この小屋を訪れる人がいるというから、よほど美味かったのであろう。
そして稜線を特定する決め手となるのが、遭難記録だ。新堀さんは古い遭難記録を出してきてくれた。
そこには、昭和三十年一月と二月に山田峠において2件の遭難記録が確かにあった。山田峠は、左の写真の稜線のちょうどくぼんだ辺りである。
この瞬間、我々はこの稜線に間違いないと確信したのである。
後日、櫻井氏にこの取材を報告した。櫻井氏はその写真を見るなり、「そうだ、ここで遭難があったといっていた」と稜線のくぼみを指差したのである。五十年ぶりにみる山並みの写真を手に、その目には涙があふていた。この模様は、8月1日発行のGT-Rマガジンに詳しく掲載されているので、そちらも是非チェックして欲しい。
きしくも来年は、スカイライン生誕50周年の年である。そこで、我々は来年の3月21日に櫻井眞一郎夫妻を芳ヶ平に招待することにしたのである。
そして、POWERAXELとGT-Rマガジンでは
毎年3月21日を「スカイラインの日」、芳ヶ平を「スカイライン命名の聖地」とすることにした。
芳ヶ平ヒュッテ
現在の芳ヶ平ヒュッテの三代目管理人。新堀御夫妻と愛犬たち。8年前から管理人を務めている。聖地訪問の際は、要予約だ。
衛星電話 090-4060-6855
芳ヶ平ヒュッテ 新堀まで
URL ;
http://www.www21.cx/yoshi/
芳ヶ平湿原
芳ヶ平ヒュッテ周辺は、貴重な高山植物や昆虫の宝庫だ。
ほぼ、櫻井氏が見た50年前の自然環境が保たれている。
したがって、高山植物や昆虫の採取はもちろん禁止されている。
訪問の際は、基本的なエチケットを守り、ゴミなどは必ず持ち帰るようにして欲しい。